●1.根治療術の完成●
自律神経失調症や慢性疾患、難病を根治する治療法として、気功整体根治療術が完成したと思われたことが二度あった。一度目は絶対脈診法が完成した頃だ。治せなかった初期の患者さんに電話して、「これ以上技術は上がらないと思うから、一度治療したい」と言うと、「じゃあ、お願いします。今日は都合が悪いので、明日以降で。」「今スケジュールが手元にないので、明日電話します。」という会話があった。ところが技術は翌日から上がり初め、結局未だに電話できないでいる。 二度目は、2003年3月の初旬で、新種の風邪が進化し、後頭部と頸椎が萎縮し、椎間板から出る神経が頸椎にできた硬結で圧迫され、手に流れる経絡が極端に虚し、自律神経失調症になる患者が現れた時だった。脊柱の周辺にできる硬結に神経が圧迫されると、その神経に支配される筋肉が萎縮して硬くなったり、内蔵機能が低下したりすることが明確になり、治療技術やスピードが飛躍的に上がった。このときは、気功整体根治療術が本当に完成したと確信し、後天的な病気で、事故や手術などで機能が欠損していない病気ならば、言い換えれば、西洋医学的に見て原因不明の病気なら、必ず治すことができると思った。
それから数日後、治療中の患者さんの硬結に手かざしをしてみた。気功整体根治療術では、物理的なゆれとしての気を診るが、気を送って患者を治療するなどという非常識的な治療は行ったことがないし、行おうと思ったこともなかった。ところが、ふと、このとき「手かざしで硬結が溶けるのではないか」という思いが心をよぎったのである。手かざしした瞬間、その思いは確信に変わった。そして数分手かざしを続けると、突然頭が揺れ、硬結に触ると、溶けて柔らかくなっていた。 手かざしは、本質的な要素ではなかった。例えば、手を握った場合の方が、開いた場合より、患者の身体の変化は、大きかった。また1〜2メートル離れていても、手を合わせると強力な変化を起こすことができた。基本的な技術は、(1)患部に手を近づけて、気を照射することによって硬結を緩める(2)患者の気に自分の気を同期させ、壊れているところから立ちのぼる邪気を直接操作することによって、硬結を緩める(3)患者を寝かせた状態で、施術者が立ち、手を患者さんに近づけると、患者さんの気に同期し、邪気が立ち上るところ、すなわち、問題があるところで手が止まる(4)手の指や足の指、体には極性があり、治療点と極性があった指や体を接触させると、硬結が緩むなどである。 2003年3月15日に上記の概念が明確になり、(1)(2)(3)を使って、治療する技術を操気術、(4)を使って治療する技術を気絡調整法と名付けた。気絡調整法を独立させたのは,この技術は,やり方が分かれば,誰でもできるからだ.
操気術は、週を追うごとに強力になり、2ヶ月後の5月15日の時点で、赤外線レーザーより強力になっている。そのため、現在の治療は、操気術と気絡調整法をミックスしたものが中心になり、赤外線レーザーを使った根治療術は補助手段になってしまっている。また状況によっては、脈診もしないで、体に全く触れずに治療することも可能だ。
2003年の6月頃になると、気による治療に限界を感じるようになった。どうしても溶けない硬結があるのだ。
ある時、患者さんの硬結に手をかざして溶かそうとしていた。手の組み方を色々変えてみたが、いっこうに変化が起こらなかった。 すると、手が勝手に赤外線レーザー治療器の方に動き、レーザーで治療を始めた。その点の治療が終わると、次の硬結があるところに、自動的に治療器が動き、治療を始めた。邪気が出ている硬結を溶かして、邪気が消えると次の硬結に移って行く。操気療術が初めてできた瞬間であった。
操気療術は、硬結を確実に溶かして行くので、壊れているところが少ない患者には、非常に効率的な治療法であった。ところが、成長期に問題を起こしてような患者の場合、全身が大きく歪み、硬結は全身にあって、膨大な治療時間を必要とした。この問題は、表面に出ている硬結の最も硬いものを溶かすことによって、若干の改善をみたが、予約待ちの期間を短縮するほどのものではなかった。
8月頃になると、女性は、どこを触っていいとか、触ってはいけないとかいう信号を出していることが分かった。また、中に非常に強い気を出し、治療すべき点に、私の手を持って行く患者がいた。あるとき、頭を空にして、患者の女性の気に身をゆだねると、体が自然に動いて、患者の足を無意識に捻っていた。気が付いてみると、整体系の関節の治療が完全に決まっていた。そして、何も考えず、関節の可動性もチェックしないのに、流れるように、次々と関節を治療していった。操気整体術を創始した瞬間である。整体系の治療は、鍼灸や操気療術などと違って、経絡別の精細な治療はできないが、大きく体が歪んでいる場合には、はるかに効率的で、スピーディーな治療を可能にする。操気整体術は、患者が必要とするところを、最も適切な方法で治療するので、体が交通事故などで大きく歪んでしまった患者には、実に効果的な治療法であった。
操気整体術は、最初は女性にしか使えなかった。女性の中にも、この治療法を受け付けない人が若干いた。このタイプの人は、「触っていい」ところがないのである。触診して、体の状態がどうなっているか確かめることができないので、治療が難しい。操気療術だけで治療するしかない。聞いてみると、「男性にちょっと触られただけで、鳥肌が立つ」などの症状があり、満員電車に乗れない人さえいた。
一般的には、最初の治療は肩とか肘みたいな差し障りのない部分にかすかに触るか、触らないかで始まり、体が気で緩むにしたがって、許される範囲が広がり、必要な治療ができるようになる。
治療師の手は、患者の気と潜在意識、意識に反応して、自動的に行われるようだ。患者は、意識では、どこをどう治療しなければならないか、分かっていないに場合でも、治療師と患者の気が同期するので、治療する側の無意識の層で、どこをどのように治療すればいいのか、分かるようで、頭を空にすると、手は自動的に動いて、治療が行われる。
この意識下でコントロールされる治療に対して、女性は、ほとんど全て受け入れるタイプから接触をほとんど許さないタイプまで、多様な反応を見せる。同じ女性でも、その日、そのときによって、反応が変化する。特に鬱病や神経症、パニック症候群、過敏性腸症候群など、脳の機能低下が関連していると思われる病気にかかっている人は、反応が激しく変わるだけでなく、特異な反応を見せることが多い。
これは、治療師の手が、患者の意識と潜在意識の両方に反応するためのようだ。意識と潜在意識の間に乖離がない患者、言い換えれば、自分自身の心がよく分かっている患者は、反応が安定していて治療しやすい。ところが、脳の機能低下が関連していると思われる病気、言い換えれば、精神的なものが関連すると思われる病気にかかっている人は、自分の心が分かっていない場合が多く、意識と無意識の間にあるギャップのために、反応が大きく揺れてしまうことが多い。
特に難しいのは、胸部とか恥骨とかの性的な部分で、問題意識においても、無意識な心の層においても、その必要性を感じていて、かつ治療師に信頼感を感じている人は、最初からその部分を単刀直入に治療させる患者もいるが、最後まで治療させない患者もいる。
この問題に対しては、治療の効率より、患者の心を中心にした治療になってしまうが、精神的なものが関連すると思われる病気にかかっている人には、治療が終わった後、「触らせてはいけないところを、治療されてしまった」という不快感が残る場合があった。潜在意識では、受け入れているので、決定的な問題にはならないが、ある種の精神的な不快感が残るのである。
この問題を避けるため、「治療師の手が、患者の意識と潜在意識に反応して動くので、不快感を感じそうなところに手が行ったら、心の中で強く『だめ!』と言えば、手が離れる」ということを説明するようにした。
初期の頃、説明しないで治療をしていた患者に、途中で説明したところ、反応に大きな変化があるケースがあった。説明前は、恥骨を何のためらいもなく、治療させ、生理痛も著しく改善していた患者が、説明後、恥骨の治療ができなくなってしまったのだ。「精神的なものが関連する患者の心は、実にデリケートで、難しく、治療は慎重にしなければならない」ということを実感したケースだった。
このように意識下で、複雑なやりとりが行われるのは、男女間の言語外のコミュニケーションとして、気が意識下で使われているからのようだ。患者は「治してもらいたい」という気持ちがあるから、「治療に必要なら、体に触れて欲しい」という気持ちがあるが、女性として「好きでもない男性に体に触れてもらいたくない」という意識の二面性がある。この二面性が治療の中で常に綱引きをしているために、反応が揺れるのだ。
これは、女性が本質的に持つ心の二面性に関係していると思われる。お化粧やミニスカートをはいて、より多くの男性を引きつけ、近づけはするが、体を許さないのは、男性を競争させ、より強い子孫を残そうという種族保存の本能である。気は、言語が違っても、男女間のコミュニケーションを可能にし、人類という種を保存するための手段として働いている。
女性は、気に関して、特殊な能力を持っている人が少なくない。女性の中には、「気」が強く、非常に強い力で、治療師の手を、治療が必要なところに引っ張って行くだけでなく、「優しくやってね」とか「荒々しくやってね」みたいに、気で扱いかたを注文してくる人もかなりいる。手がそのように動くので、聞いてみると、そのように扱われるのが好みだという。これは、治療中に起こるだけでなく、「気が付いたら、ダイヤの指輪を買わされてしまった」などのときにも起こっているようだ。
男性に対して、最初操気整体術は使えなかった。心が潜在意識下で、男女間のように、強く作用し合わないためだ。しかし、2ヶ月もすると、気に対する感覚が敏感になって、男性も治療ができるようになった。
2004年2月の半ば頃、近くの八十二銀行八王子支店に行くことがあった。壁に、葉書大の水彩画が4枚入った6号ぐらいの額が数枚、壁に飾ってあった。どの絵を見ても好みで、特に3枚ほど気に入ったものがあったので、行員に「この絵は1枚いくらくらいするのですか」と聞いてみた。「売り物ではないみたいなんですが、欲しいという人もいて、売る場合もあるようなので、よろしければ、お電話を教えて頂ければ、画家の方から連絡させて頂きますが。」
その日の午後、八王子に住む中神さんという画家から携帯に電話がかかって来た。「八十二銀行で絵を拝見しました。1枚どのくらいするのでしょうか。」「どの絵が気に入ったのでしょうか」「不思議なことに、どの絵を見ても、いい絵だと思うのですが、特に気に入ったものが、3枚ほどあります。」「4枚買って頂ければ、8万円でいいですが。」「それで、けっこうです。」のような会話があった。
結局、絵は後1ヶ月ほど展示する予定なので、1ヶ月後に絵の展示が終わったとき、電話を頂くことになった。
3月19日の金曜日に携帯に、「八十二銀行で絵を展示していた中神ですが、展示が終わりましたので・・・」というような電話があり、翌週の月曜日の朝、御陵の入り口近にある御自宅に伺うことになった。
車で中神邸に伺うと、塀の外に出て、出迎えてくれていた。玄関を入って、右側のシックで趣味の良い応接室兼ダイニングルームに通された。「絵は哲学です。」「僕も哲学は高校生時代からやってまして・・・」のような会話に突然なり、「どのような哲学を・・・」と聞かれるので、「カントやデカルトなどから始まって、イギリスのバートランドラッセル卿の影響を受け、最後は、道元の正法元蔵をやりました。」と答えると、「最近友達から空が分からないと言われ・・・」と真言密教の仏教哲学に近い宇宙論を展開された。このときから、中神さんの仏教哲学の深さに敬意を表し、中神先生と呼ばせてもらうことにした。
「空」については、明確な持論があったが、初対面の人と空について議論をしてもと思い、中神先生のお話をひたすら伺うことにした。先生は、スイスに山小屋を借りて、自炊しながら、瞑想したり、絵を描いたりすることがあり、あるとき瞑想中にチャクラが開いたと言われた。チャクラはブルーで、そのブルーを見つめると、その奥に空の青さと海の青さが見えてくる。空海はチャクラが開いていたのだと思うというようなお話があった。
絵を頂いて、帰ろうとしたら、「渡辺さん、後5分ほど待ってください。家の中にアトリエがありますので、ちょっと寄って行ってください。」アトリエの正面近くの柱に、ブルーのチャクラの絵が取り付けてあり、その前、1メートル半ぐらいのところに、立つと、体がぐるぐる回ってしまった。「どうも、ここに何かあるみたいですよ」と足下を指すと、「下じゃあなくて、上ですよ」と奥さん。天井を見ると、何か白くて丸いものが付いている。「これは何ですか。」「そこから、気が出ているみたいですよ。」
体は回るだけでなく、大きく捻れて行く。「渡辺さんから、すごく強い気が出ています」と中神先生。体はさらに捻れて行く。「主人は、若い頃から、そういうものを研究してきたのですが、渡辺さんのように、最初から分かってくれると、とてもうれしいです。」「僕もうれしいです」と中神先生。
瞬く間に5分は経ち、「残念なのですが、仕事がありますので、これで失礼します。」「私の研究が分かる人に出会えて、本当にうれしいです。是非また、お遊びに来てください」と中神先生。「僕も、とても興味があります。スキーのシーズンが終わりましたら、是非また伺いたいと思います。」事務所に戻ってから、来週の日曜日は甥っ子の結婚式であることを思い出した。式が終われば、用事はないので、中神先生に電話し「来週の日曜日が甥っ子の結婚式で、夕方から時間が空いているのですが、先生のご都合はいかがですか」とお伺いすると、「僕も来週の日曜日は空いていますので」ということだった。
応接間に通されとすぐ、目の前に、手のひら大の、金色の、金属製の六角形をしたものが置かれた。すると、僕はそれに対しても、手が反応して、不思議な動作を演じてしまった。「これは何ですか。}「パワーグッズですよ。」「えっ、パワーグッズってなんですか。」「そこから、気が出ているんですよ。八王子にもマンションのなかで売っているところがあるし、高円寺には、石専門の店もありますよ。」「主人は、そういう店にはいると、何時間いても飽きないみたいで、なかなか出てこないんですよ。」「これは、10万円ぐらいしたんですが、実はボール紙で作ることもできるんですよ。」
二度目の訪問の後、「もしかして、中神先生は有名な画家かもしれない」と思い、googleを使って“中神英臣”で検索してみた。すると、二ページ半出てきた。「小林亜星が語る中神英臣の世界」のようなのもあって、知る人ぞ知る画家であることが分かった。りっぱな邸宅に住み、スイスに山小屋を借りて、自炊しながら、瞑想したり、絵を描いたりするという生活が、絵を描くだけでできる本当のプロの画家だったのだ。
三度目の訪問を翌々週の日曜日にしたとき、画家としての経歴をお伺いした。先生は、子供の頃から絵を描くのは好きだったが、絵を学校に行ったり先生についたりして勉強したことはなく、早稲田の国際経済学部を卒業して、普通の会社に35歳まで勤めていた。会社の色々なシステムを作って会社に貢献してきたという意識があったので、あるとき上司の課長に、「給料を5千円あげて欲しい」と言ったところ、「確かに君は人の倍ぐらい働いているが、会社のシステムというものがあるから、君だけ給料を上げるということはできない」と言われてしまった。翌日、部長に、同じことをお願いすると、全く同じ答えが返ってきたので、「それでは、会社を辞めさせてもらいます。僕は働いただけ、収入がある仕事をします。」と言って、辞表を提出した。部長が、「この仕事を止めて、何をするのかね。」と聞くので、「画家になります。」と答えると、部長は唖然としていた。35年前、画家は貧乏というのが常識だったからだ。
家に帰って、「会社を辞めて、画家になることにしたから」と奥さんに伝えたが、「はい、そうですか」と言う返事が返ってきただけだった。翌朝、奥さんはいつものように食事の支度をし、中神先生もいつものように食事をして、いつものように駅まで行ったとき、「あっ、そうだ。俺、会社を辞めたんだ」と気が付いた。このまま帰ると奥さんに心配をかけるので、電車に乗って、谷川があるところまで行って、デッサンを5枚描いて家に帰った。この谷川に毎日通って、絵を描く日が続いた。
しばらくして、銀座で絵の個展をすると、絵は一枚残らず売れてしまった。お金がなくなると、絵を5枚ほど背負って、大学時代の友人のところに行き、「この絵が売れないと今月生活ができないんだけど」と言うと「どれ」と言って、絵を持って、「これは重いな、俺が1枚分軽くしてやろう」と言って、絵も見ないで、買ってくれた。後でいい絵だと気が付いて、お客を紹介してくれた人もいた。「主人は、本当にいい友達に恵まれました。」と奥さん。
あるとき、画廊で個展をしていると、お客さんの一人が「君、こんな絵を描いていたらだめだ。僕が金を出して上げるから、ヨーロッパへ行って、絵の勉強をして来なさい。」とお金を出してくれた。ヨーロッパの景色は、日本の景色と違い、何も考えなくても、そのまま絵になってしまう。その景色を描くために、Mサイズのキャンバスを使った現在のスタイルができあがったそうである中神先生の家に伺うごとに、気が強くなり、気功治療がしやすくなっていった。先生に教えてもらったパワーグッズを使うと、気の力が格段と上がり、治療が容易になるので、より強いパワーグッズを求めて、次から次へとパワーグッズを作っていった。
前回行ったときに、お嬢さんがアメリカのセドナというパワースポットから買ってきた正十二面体に妙に惹かれ、インターネットで検索して、水晶の12面体を手に入れた。12面体を使うと気の力が上がるので、水晶の六芒星や水晶玉なども好奇心で手に入れた。
自分が作ったパワーグッズのパワーがどの程度のものか、先生の評価が知りたくて、電話をし、現況を説明すると、「是非みたい。ネパール人が置いていった49キロの水晶もある。」と言われるので、翌日の日曜日に4回目の訪問をすることになった。
中神先生の家に伺うと、「これが、最初に作ったもので・・・」と自作のパワーグッズを3点テーブルに置いた。「渡辺先生(この頃になると、なぜか渡辺さんから渡辺先生になっていた)は、実にきれいに作るね。僕のなんか本当にいい加減で・・・。」「これがインターネットで買った水晶の12面体で・・・」と水晶のパワーグッズを3点ほど出し、「先生に気の強い順に並べて頂きたいんですが・・・。」先生は、僕が持って行ったパワーグッズを一個一個丁寧に持って、それぞれの特徴をコメントし、「強い順に並べるというのは、どうも・・・。」「これは、友達が海に行って、拾ってきた、普通の石なんですが・・・」と小石を二つテーブルに置いた。その小石からは、僕が持って行ったパワーグッズのどれよりも強い気が出ていた。その小石に反応している間に、先生は「もっとすごいのがあるんですよ」と別の小石を持ってきた。スイスの山小屋に滞在しているときに、拾った小石だそうである。テーブルの上に置くと、「これは強いので、ちょと待ってくださいよ」と呪文を唱えた。「もう触っても大丈夫ですから。」その小石は、さらに強い気を放っていた。
「この前話した49キロの水晶球はこちらにありますから」と別の部屋に案内され、押入の扉を開けてくれた。「重いので、動かせませんから、このまま見てください」と言って、部屋から出て行かれた。水晶球からは、それほど強い気は感じられなかった。そのうち、左手にかかっている曼荼羅に気が引かれ、激しく反応していると、先生が入ってきて「そうなんですよ。曼荼羅のこの部分から強い気が出ているんですよ。」確かに、そこから強い気が出ている。絵から気が出るというのは、驚きであった。壁には、ネパール人から買ったという畳ぐらいの大きさの曼荼羅が三つかけられていて、次から次へと、反応してしまった。実態のない絵から気が出るというのは、驚きであった。
その後、アトリエに案内され、先生が作ったパワーグッズを色々見せたもらった。手に持つと、不思議な動きをするものもあった。突然、壁に掛けてあった大日如来に、今までしたこともないような激しい反応をし、応接間に戻って、お茶が出されても、反応がくすぶり続けた。「渡辺先生に、大日如来が降りた」と先生は言われた。
奥さんが出してくれたコーヒーを頂きながら、テーブルの上に置いてあるパワーグッズを並べ初めた。先生の持って来た石は、別のタイプのパワーグッズらしく、脇にどけておき、水晶系と手作りパワーグッズを、体の正面に一直線に並べ始めた。どのグッズがどの位置になければならないのか、あらかじめ決まっているみたいで、間を開けて並べているところには、後から並ぶべきグッズが現れた。先生と奥さんは、僕の作業を見ながら、「僕にはない能力だね・・・」と話していた。最後に、先生が持ってきた三つの石を、最初のパワーグッズの列と平行に並べた。最初に並べた長い方の列の右側に、湯飲み茶碗、左側にコーヒーカップがあり、僕の手が、その二つの間をアーチを描いて、行ったり来たりし始めた。すると先生は、「アーチの中央に球が見えるでしょう」と言われた。よく見ると、アーチの中央に直径が10cmぐらいの透明な白っぽい球が見える。「こうすると、もっとおおきくなりますよ」と先生は、自分のコーヒーカップを、僕のコーヒーカップと湯飲み茶碗で正三角形をなす位置に置いた。球はどんどん大きくなり、部屋一杯になり、さらに大きくなって行った。それにつれて、僕の両腕はどんどん広がって行った。
その晩、「石を探しに、秋川にでも、行ってみようか」などと考えながら、11時頃帰宅した。玄関を入って左の下駄箱の上を見ると、直径10cmぐらいのグレイぽい石の玉と、直径3cmぐらいの緑の石の玉が飾ってあった。「なんだ、石はあるじゃないか」と思いながら、大きい方を茶の間に持って行って、チェックすると、確かに気は出ていたが、びっくりするような強さの気ではなかった。小さなグリーンの玉を持ってくると、強い気が出ていて、体にビリビリきた。玉を床に置いて、手の届かない肩胛骨と肩胛骨の間があたるように、上にねると、治療できなかった硬結が溶けた。
ふと思いついて、仏壇の隣の棚にある不動明王の前に立ち、両手で取り出して、床の上に置いた。場所が悪いらしく、テレビの前に置き直した。その前に座ると、ものすごい気が伝わってきた。頭が不動明王の頭に引きつけられたり、頭を床にこすりつけるようにして、不動明王に頭を下げさせたり、一連の儀式のような反応が2時間ほど続いた。気は頭だけでなく、胸部や、手、足など全身から出ていた。目が光り、怒り狂ったような恐ろしい形相でにらみつけるので、そういえば、「お茶を上げたこともなかったな」などと、思わず反省してしまった。この仏像は、山梨県のある寺の本尊だったそうで、その寺の住職が亡くなられ、寺がつぶれたとき、奥さんが本尊だけ取っておいたものだと聞いたことがあった。奥さんも、仏像が持ちきれず、仏像のもらい手を探しても、もらってくれる人もなく、捨てるわけにもいかず、困っていたとき、高尾山で僧をしていた父が、同僚の仲介で、手に入れたものだった。この仏像から、中神先生のところで見た曼荼羅より、はるかに強い気が出ていたのである。
その晩、「石を探しに、秋川にでも、行ってみようか」などと考えながら、11時頃帰宅した。玄関を入って左の下駄箱の上を見ると、直径10cmぐらいのグレイぽい石の玉と、直径3cmぐらいの緑の石の玉が飾ってあった。「なんだ、石はあるじゃないか」と思いながら、大きい方を茶の間に持って行って、チェックすると、確かに気は出ていたが、びっくりするような強さの気ではなかった。小さなグリーンの玉を持ってくると、強い気が出ていて、体にビリビリきた。玉を床に置いて、手の届かない肩胛骨と肩胛骨の間があたるように、上にねると、治療できなかった硬結が溶けた。
ふと思いついて、仏壇の隣の棚にある不動明王の前に立ち、両手で取り出して、床の上に置いた。場所が悪いらしく、テレビの前に置き直した。その前に座ると、ものすごい気が伝わってきた。頭が不動明王の頭に引きつけられたり、頭を床にこすりつけるようにして、不動明王に頭を下げさせたり、一連の儀式のような反応が2時間ほど続いた。気は頭だけでなく、胸部や、手、足など全身から出ていた。目が光り、怒り狂ったような恐ろしい形相でにらみつけるので、そういえば、「お茶を上げたこともなかったな」などと、思わず反省してしまった。この仏像は、山梨県のある寺の本尊だったそうで、その寺の住職が亡くなられ、寺がつぶれたとき、奥さんが本尊だけ取っておいたものだと聞いたことがあった。奥さんも、仏像が持ちきれず、仏像のもらい手を探していたが、もらってくれる人もなく、捨てるわけにもいかず、困っていたとき、高尾山で僧をしていた父が、同僚の仲介で、手に入れたものだった。この仏像から、中神先生のところで見た曼荼羅より、はるかに強い気が出ていたのである
翌朝、玄関を出て、家の左側に位置している駐車場に向かって、左足を踏み出し、つま先が地面に着いた瞬間、足がポンと上がり、正面の中門に向かう石畳の上に足が降りた。ちょうど操気術整体術で、患者さんの出している気と潜在意識にしたがって、治療している時のように、流れに身をまかすと、中門の1メートル前ぐらいのところで、ぐるぐる回り出した。中神先生のアトリエの時とは違い、上は青空で何もない。下は石畳である。患者さんが待っているので、回るのを止め、仕事場に向かった。その日の夜の11時頃帰宅して、車から降り、今朝ぐるぐる回ったところに行こうとしたが、足が中門には向かわず、入り口にある門の方に向かってあるき出した。門と中門の間の、門から1メートル半ぐらいのところで、ぐるぐる回ったり、しゃがみ込んだりする反応が続いた。上は空、下地面、上にも下にも何もない。一動作終わると、中門の方を向くので、「中門か家に何かあるのかな。暗くて、誰も見てないし、まあ、最後までやれば、何か分かるだろう。」など思っているうちに、中門に向かって歩き出した。
中門は木戸になっている。左右の木戸を中央で重ねると、その周りを数回回り、内側に入って、中門に向かい座り込んだ。両手を組んで、下に突き出すと、下に石があり、強い気が出ていた。「石から気が出ているんだ。どうも石畳の石全部から気が出ているみたいだ。」と思っているうちに、座ったまま後ずさりした。そこは、今朝ぐるぐる回ったところだった。そこでは、立ち上がって、2、3回回っると、玄関に向かって歩き出した。玄関からも気が出ているようだ。
玄関に着くと、木戸と同じように玄関の戸を中央で合わせ、その周りを回り出した。数回回った後、家の東側の角に行き、数回回って玄関に戻った。「これで眠れるか」と思っていたら、また玄関を出て家の東側の角に向かって歩き出し、角を回って、家の裏に向かい始めた。「家の裏に何かあるのかな」と思いながら、裏手に回り込むと、さらに向きを変え、裏山に向かって歩き出した。
家の裏は、栗林で、中央に山に向かう道があり、山の麓には、墓地がある。山に向かって歩きながら、「子供の頃、肝試しで、夜中に墓地に行ったことがあるが、今日は行きたくないな」と考えていると、背筋がぞっとしてきた。ぞっとする感じはどんどん強くなって行く。「そういえば、お墓の掃除もしてないし」などと、考えているうちに、墓地の20メートルほど手前で、足が止まり、数回回って、墓地に向かい手を合わせた。すると背筋のぞっとする感じが消え、体が楽になった。
「これで、家に帰れると思ったら、栗林を突っ切り、東に向かって歩き出した。他人の畑を突っ切り、細い道に出ると、数歩山に向かって歩いてから、また回り出した。「そう言えば、この先に家のお稲荷さんがあったんだ。」山に向かって、手を合わせると、体がさらに軽くなった。その道を南に下り、途中を右に折れて、家の門のところに帰ってきた。そのまま中門に向かうので、「これで寝られる」と思ったら、中門の前で、また回り、左手にある茶室に向かって歩き出した。茶室の前に行くと、明かりがついている。「明かりがついているんだ」と思いながら、その前で回ると、茶室の裏に向かって歩き出した。裏の入り口には、鍵がかかっていて、入れない。玄関に戻ると、今度は戸を閉めて鍵をかけたので、「今度は間違いなく眠れる」と思った。茶の間の時計を見ると2時をすぎていた。
翌朝、玄関をでると、駐車場には足が行こうとせず、中門に向かって歩き始めた。今回は、どこに止まらず、中門を通り、昨晩回った門の近くの点を通過して、駐車場に行くことが出来た。昼休みに中神先生に電話して、昨晩起こったことを話したが、どう解釈していいか分からないようだった。その晩家に帰ると、駐車場から玄関までまっすぐ歩いて行けたので、「今日は何も起こらないな」と思った瞬間、くるっと回って,中門に向かって歩き出していた。門を出ると右に曲がっり、30メートルほど行ったところを山に向かって歩き出した。家の裏手に出たあたりで、西に曲がって畑に入り、10メートルほど入ったところで数回回り、南に向かって手を合わせた。その先にお稲荷さんがあるのを思い出した。それから東に向かってあるき、裏の栗林を突っ切って、林の東の端にでた。そこで数回回った後、南に向かって林を横切り、中門の前に出た。2,3回回った後、茶室の前に行き、また回ってから、裏に出た。鍵がかかっていて入れなかった。玄関に戻り、二階に行って、鍵の在処を家内に聞いた。引き出しの中には鍵が二つあったので、二つともポケットに放り込んだ。茶室に着くと、鍵を取り出して、戸を開けたが、不思議なことにどちらの鍵か分かっていた。
明かりがついている部屋に行き、数回回ったあと、ひざまずいて、頭を床に着けると、ポケットから、ティッシュペーパーと水晶のパワーグッズが三つ転がり出た。ティッシュペーパーを取り出し、4cm幅ぐらい正方形に折りたたんだ。ティッシュが4枚入っていたので、4つの正方形が出来た。水晶を正方形の上にのせ、一列に並べた。最後に何も乗っていない正方形が置かれた。この一列のパワーグッズに対して、意味不明の儀式が行われ、体がどんどん楽になっていった。
我が家の回りにはエネルギーポイントと言うべき場所が、あっちこっちにあるみたいで、この二日間の奇行は、そのパワーを使って、体を変化させてるという行為を、潜在意識が第6番目の感覚に従って行ったということのように思われた。
翌朝、中神先生に電話をして、昨夜あったことを報告すると、「ご迷惑でなければ、一度渡辺先生のお宅にお伺いしたい」とのことであった。二度目のご要望なので「それでは、今度の日曜日はいかがですか」というと、「その日はちょうど空いています。」「それでは、9時頃にお向かいに行きます。」その日の夕方、先生から電話があり、「渡辺先生のチャクラを見たら、オレンジ色のチャクラが二つに割れ、揺れていたが、一つになったので、もう変なことは起きないと思います。気の力が上がって、精神的な高次のものに変化したのだと思いますよ。」
その晩家に帰ると、中神先生が言われた通り、何も起こらなかった。
日曜日、中神先生は車から降りると、ダウジング用のグッズを取り出し、門のところの気をチェックした。「ここはいい気が流れています。」中門の気をチェックし、茶室に来ると、「ここの気は良くありません」と行って、茶室の回りをチェックし始めた。「塩を持ってきてください。」家内が塩を取りに行っている間に、西側に並んで立っている倉の回りも調べ、「ここも良くないですね。」家内が塩を持ってくると、茶室と倉の回りの四隅に塩を積み、茶室の入り口の気が良くなったのを確認してから、中に入られた。明かりがついていた部屋の北側に幅の広い階段のようなものが作られていて、そこに茶器が並んでいるのだが、先生は、一番上の壇の上にあった古い両開きの箱の中に、仏像があるのを見つけた。「お酒とローソクを持ってきてください。」扉を開けて、不動明王の像に、お酒とお灯明を上げた。
この後、僕が夜中に徘徊したところを一回りしてから家に上がった。先生は、我が家の中で色々な発見をした。奥の客間にある、滝に打たれている写真からは、気が出ていた。先生は、父が結んでいる印のせいではないかと行っていた。その部屋には、真言密教で瞑想に使う阿字もあった。その阿字からは、非常に強い気が出ていて、「僕が欲しいような阿字だ」と言われた。母が10年ほど前に書いた屏風を開くと、驚くほど強い気がほとばしり出た。「字や絵には、何年経っても、若いときの強い気がそのまま宿っているんですよ」と先生。
茶の間に戻ると、はるかが、ウグイスの絵を持ってきた。先生は、それを見ると「これはすばらしい。プロの画家の目から見ても、よく描けていますよ。はるかちゃんはやさしい子なんだね」と言われた。「はるちゃん、先生からほめられたぞ。」「この絵は、うまいだけじゃなくて、強い気が出ている」と先生。手に取ってみると、体にビリビリ来るくらい強い気が出ていた。先生が帰ってから、そのウグイスの絵を、肩にある硬結に近づけると、溶けた。「これは治療に使える」と思った。
*iモード用ウグイスの絵
*PC用ウグイスの絵
中神先生との出会いを契機に、先生から「何様と思われるほど、気が強くなっている」と言われたほど急激に気の力が強くなって行った。同時に、日毎により強力なパワーグッズを開発するので、治療に使う気の力は以前とは全く違うレベルになり、必然的に治療法に変化が生じた。「病気は、外傷によって生じた硬結により、体が歪み、内臓が機能低下を起こすことによって起こる。その硬結を溶かすことによって、体のゆがみを取れば、病気は根治できる」という基本的な考え方には変化がないが、診断法や硬結を溶かす方法に変化が生じてきた。
気功整体根治療術を創始した頃は、病気の原因となる硬結を突き止めるのに、脈診を使って、病経を見つけ、その経絡上を触診することによって、気が止まっている所(=硬結)を見つけ、赤外線レーザーで溶かしていた。その頃は、気は筋肉や骨のモワモワ動く物理的な運動としてしか考えていなかった。
2003年3月15日に、気で硬結が溶けるということを発見し、同時に硬結から特殊な気(邪気)が出ているのを発見したのを、きっかけに、治療法は変化を始めた。この頃は、赤外線レーザーの方がはるかに効率的だったので、硬結を溶かす技術としての外気功には重要性がなかった。それより、患者さんの体の近くに手を持って行くことによって、邪気が出ているところ、すなわち硬結を瞬時に見つけ出す診断技術としての外気功の方がはるかに重要であった。鍼灸師で、ツボの位置が正確に分かっている人は、皆無に近いと思われるが、邪気が分かると、数ミリの誤差もなく、治療点が分かるのだ。鍼灸師には、信じられないことだと思う。
気の力が強くなるにつれて、より硬い硬結が溶けるようになり、治療技術としての外気功が重要性を増した。しかし診断技術としての外気功に限界を感じるようになった。この頃になると、患者さんの気と潜在意識に反応し、自動的に、治療ができるようになっているのだが、鬱系やパニック系、自律神経失調系などの精神的な部分に問題が生じている患者さんは、「新種の風邪」の進化に伴い、二次的な好転反応を起こすことが多くなってきた。この問題を解決するには、最も硬い硬結から溶かし、新種の風邪で治療後に体がよじれても、よじれが少ないようにすれば、反応が治療ごとに小さくなるのだが、このタイプの患者さんは全身に硬結が散在するため、最も硬い硬結を見つけるのが極めて難しかった。
この問題は、急激に気の力が上がり、強力なパワーグッズが見つかるにつれて、解決しつつある。弱いパワーグッズを使った場合、重要性が少ない硬結にも反応するが、より強力なパワーグッズを使うと、より硬い硬結だけに反応するようになる。そのため、治療すべき硬結を選別することが容易になった。
また、治療技術としての外気功も、赤外線レーザーをしのぐようになり、点でしか治療できなかったのが、円で治療できるようになった。筋肉が肝機能の低下などで、面で硬結化しているような場合、より効率的に溶かすことが出来る。
「パワーグッズを写真にとると、写真からも気が出る」と、中神先生から大日如来の写真を頂いたことがある。確かに、驚くほど強力な気が出ていた。家に帰ってから「インターネットの画像はどうなんだろう」と「大日如来」というキーワードで検索してみた。気の出ていないものも多かったが、根津美術館の大日如来像からは、中神先生から頂いた写真を上回る気が出ていた。「現代作家の仏画はどうなんだろう」と思って、「仏画」というキーワードで検索してみた。「仏画ギャラリー」というサイトがヒットした。現代仏画家の作品には珍しく、どの作品からも気が出ていた。特に、普賢菩薩像が気に入ったので、「仏画ギャラリーを拝見しました。どの作品もすばらしいですが、普賢菩薩が特に気に入りました。このギャラリーは絵の販売を考えているのでしょうか。」というメールを出してみた。「仏画ギャラリーの作品は、義父のもので、普賢菩薩像は既に人手に渡っているそうです。義父はもう一枚描いてもいいと言っていますが。」という返事が返ってきた。
もう一枚描いてもらっても、強い気がでるとは限らないし、出たとしても同じような柔らかい気が出るとは限らないので、「絵からはすばらしい気が出ています。写真でも同じように気が出るので、写真を送っていただけば、納得できる対価をお支払いします。」という内容のメールを送った。
「絵は人手に渡っていてな無く、写真も無いので、ホームページからダウンロードして、印刷して、使ってください。」と言うことであった。そのメールの中で『「義父は、もう一枚描いてもよい」と言っていますが』と重ねて言ってきたので、これも縁かと思い、お願いしたい旨、メールをすると、翌日画家から電話がかかってきた。絵の大きさと値段の話をした後、「一度ご挨拶に伺いたいのですが」とお伺いすると、「絵がどんな人の手に渡るのか知りたいので、是非一度会いたい」との返事だった。
翌日「今度の日曜日に伺いたいのですが、空いている時間はありますか」とお伺いすると、「お昼に近い、午前中がいいのですが」という返事だった。
翌日の土曜日、仕事が終わって、9時頃八王子を発った。新横浜から新幹線で新大阪まで行き、そこで一泊し、翌日特急で和歌山に向かった。和歌山駅には、阿瀬さん(画家)が向かえに来てくれていた。阿瀬さんは、英語の先生をしていて、定年後に仏画を始めたとのことだった。車の中で気の話をしていると、「うちには石が三つあり、気に関係しているかどうかわからないが、どのような石なのか鑑定してもらえないでしょうか。」30分ほどして、阿瀬宅に到着。最近の作品をお茶を飲みながら見せていただいた。昼食のご馳走になった後、小さな赤い座布団に乗った石が三つテーブルの上に持ってこられた。石からはものすごい気が出ていて、手を開いた状態で、体がソファーの背に押し付けられてしまった。「石からこんな強い気が出るのか。」と思った。体が自然に動いて、意志に対して、儀式のような反応が続いて止まらない。ご主人が小声で奥さんに「大丈夫かね。」「大丈夫よ。」そのうち、立ち上がって、奥さんの治療が始まった。奥さんは、当然のことのように治療受け、途中両胸をわしづかみににしたりしたが、何の動ずる様子もなく、治療は進んだ。
三つの石は、家を建てたときから、庭に転がっていた石だそうで、知り合いが、「これはただの石ではない。家に入れて、大切にした方がいい」と言われたので、座布団を作って奉ることになったそうである。ところが、石を家に入れてから、奥さんは体がおかしくなり、7年間闘病生活を続けることになったそうである。石の気がとてつもなく強いので、体の中の硬結が溶けたが、最も硬い部分は溶けないので、風邪など引くと、最も硬い部分の固さで、全体が歪んでしまう。そのとき最も硬い部分は、さらに硬くなる。これを繰り返して、病気がどんどん進んだものと思われる。
体がすっきりした奥さんは、「石が引き合わせた。」と喜んでいた。
最初は、中神先生に教えてもらった六角形をベースにしたパワーグッズを作っていたが、はるかのウグイスや父が残した阿字から驚くほどの気が出ていたので、その写真をベースにしたパワーグッズを次から次へと作っり、パワーは週単位でどんどん上がって行った。
パワーが一桁上がると、僕はそのグッズに激しい反応を示し、その結果、自分のパワーが上がると、変な反応は起こらなくなり、そのグッズを問題なく扱えるようになった。自分の作ったグッズで、パワーが3回大きく上がったが、写真をベースにした方法では方法では物理的な限界があることに気がつきだした。
パワーが上がるにつれて、赤外線レーザーを使わなければならないケースは、どんどん減り、診断技術急激に上がっていったが、パワーがいくら上がっても、尚パワーが足りないと感じさせる患者さんが必ずいた。人間の体はどこまででも、際限なく壊れて行くみたいで、完全体と死の間には、無数の壊れ方の段階があるように感じられた。
和歌山で知った石のとてつもないパワーの経験から、「この限界を超えるには石しかない」と考えるようになった。
仏画と同じように、インターネットで石のパワーをチェックできるのではないかと考え、中神先生のところで見た「トルコ石」をキーワードに検索してみると、3万件近いリストが出てきた。石を専門に販売しているサイトは、意外とたくさんあった。トルコ石のパワーをインターネットでチェックしていると、体が縮むタイプと体が緩むタイプのものがあることに気がついた。体が縮むものは、病気の治療には使えない。体が悪い人は、硬結ができ、体が縮んで捻れているので、硬結を緩めて、体の捻れが取れるタイプでなければならないからだ。体が悪い人から出ている気も、同様に周りの人の体を縮め、内蔵の機能低下を起こすので、体が縮むタイプのトルコ石を「邪気系のトルコ石」と呼ぶことにした。
最初に水晶の12面体をインターネットで買ったときと違い、今回は気がチェックしてあるので、本物か偽物かで悩む必要がなかった。代金引換で二日後に届いたトルコ石は、思った通り気が強く、体がどんどん変化するのが分かった。
ある日、長崎屋の前を歩いていると、操気整体術をしているときのように、足が勝手に、向かいにあるダイソーに向かって歩き出した。中にはいると、迷わず二階に上がり、園芸用に売っている小石の前で止まった。石から気が出ている。ポケットに入っているパワーグッズと比較してみると、驚くことに、一袋100円石から、はるかに強い気が出ていた。ダイソーの商品構成は、おみやげ物やさんに似た部分があって、日実用的なものも売っている。そういうものの中には、強い気が出ているものがある。そのため、必要もないのに、何となく買ってしまうのである。
以後ダイソーには、頻繁に行くようになった。石だけでなく、容器、洗濯用ネット、じょうろ、化粧品、ソフトドリンク、クリアーケース、竹で作った金魚、鏡など、強い気が出ているものがたくさんあるからだ。
僕のところへ来る患者さんは、どこに行っても治らない難病系の人ばかりなので、強い邪気を出している人が多い。そのため、治療をしていると、こちらの体が縮み、ひどいときは、体が壊れて、治療ができなくなることがある。対処の方法は、二つある。一つは、患者さんに、赤外線レーザーやパワーグッズをセットし、隣の部屋やときには数百メートル離れたところから治療する。離れると、患者さんから出る邪気は、弱まり、体に問題が生じなくなる。しかし、こちらの出す気も弱まって、患者さんに伝わるので、赤外線レーザーやパワーグッズをセットしておく必要がある。
もう一つは、パワーグッズを並べて、邪気を遮ったり、押さえたりする、同時に患者さんの治療にもなる。
【結界の写真】