17.ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪
[ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪の特徴]
「胎児期や幼児期、成長期に腎機能が大きく低下した人は、パワーグッズ肺兪の効果に限界がある」ことは『ソロモン系パワーグッズ肺兪の限界』で説明した通りである。ところが「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」は、肺経に属する腸の粘膜が緩み、S字結腸の可動性が上がり、腰椎5番が大きく緩んだとき、連動して臍の両脇にあるコウ兪が緩んで、腎機能が上がるという特徴を備えているため、パワーグッズ肺兪の限界を超えるものとなった。その特徴は、
(1)頸椎3番がロックしない。
『胎児期や幼児期、成長期に腎機能が大きく低下した人は、パワーグッズ肺兪を携帯しても、風邪などが原因で頸椎3番がロックすると、下顎の気の流れが止まり、胸部の中心を通って恥骨に達する任脈の気が止まり、心臓の可動性が低下して心虚になり、交感神経が亢進して、不快感を感じることがある』ことは、『ソロモン系パワーグッズ肺兪の限界』で説明したが、
「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を携帯すると、関節や骨を支配する腎経の気が出ているので、風邪を引いても頸椎の3番がロックしないのである。交感神経が亢進しないため、不快感は感じないか、感じても弱くなる。
頸椎3番がロックすると、陰陽が分からなくなったり、判断力が低下したりして、間違った治療をし、症状を悪化させるタイプの人がいる。このタイプの人の中に、知力に秀でているにもかかわらず、人生が上り坂や下り坂を繰り返すため、「運」とか「方角」に頼ろうとする人がいる。
このタイプの人は、『「運」とか「方角」という概念が自分の人生のアップダウンを説明できる』だけでなく、『「運」とか「方角」が人生に影響を与えない』ということが証明できないという論理的帰結として「運」とか「方角」とかいう概念を信じたり、頼ろうとしたりするのである。
僕の患者さんにも「方角」にこだわる方がいる。彼がお払いを受けたりするときは、必ず頸椎の3番がロックして陰陽が分からなくなり、判断力も低下している。能力が高いので、判断力が正しいときは、人生が上り坂になり、判断力が狂うと人生が下り坂になるとしか考えられないが、「人は判断力が狂っても、狂った判断力に従うしかない」ため、高い知能を有しながら下り坂の人生を自ら選んでしまうのである。
「自分の判断力が問題を起こしている」と誤った判断力で考えるのはコペルニクス的な発想の転換しなければならない難事である。
しかし、この記事を読んでいる方が、「私はこのタイプだ」と思うのであれば、発想を転換し、迷わず「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を購入し、不運を選択しない人生を歩むことをお勧めする。
(2)「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を超える邪気を浴びても強い不快感は起こらない。
『パワーグッズ肺兪のパワーを超える邪気を浴びた場合、頸椎1番と腰椎5番はロックしないが、それ以外の部分、例えば胸部などがロックしてしまい、不快感を感じることがある』ことは『ソロモン系パワーグッズ肺兪の限界』で説明したが、
「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」からは関節や骨を支配する腎経の気が出ているので、関節が硬くなってロックすることはない。その結果、強い不快感は生じることはない。(但し、腎虚の人がこのパワーグッズを携帯すると、腎虚によって生じた硬結が緩み、圧迫されていた神経が解放されたとき、一時的に不快感を感じることはある)
特定の建物に行ったり、特定の人と会うと、体調が悪化する人は、迷わず「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を購入することをお勧めする。「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を携帯していれば、どんな人に会っても、どんな建物に入っても、体調が崩れることがなくなる。
(3)陽の人が「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」で自己治療しても、陰転しない。
『陽の人がこのパワーグッズで自己治療すると、自分が発する陽の気が10,000倍くらいに増幅されるので、体が著しく変化する。そのため経絡治療をマスターしていない陽転したばかりの患者さんが自己治療に肺兪を使い、陰転してしまったことがある』ことは『ソロモン系パワーグッズ肺兪の限界』で説明したが、
「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」は関節や骨を支配する腎経の気が出ているので、関節が硬くならず、腰椎5番や頸椎1番がロックしない。陽の人は腰椎5番と頸椎1番がロックして陰転するため、「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」携帯すれば、強い邪気を浴びても陰転しないし、治療好きの人が自己治療を繰り返しても陰転することはない。
陰転と陽転を繰り返すタイプの人で、仕事をしている人は、迷わず「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を購入することをお勧めする。仕事をしている人にとって、陽であることのメリットは計り知れない。
(4)熱中症に効果
気功整体根治療術は、治療するごとに体力が上がる。唯一の例外と見られる木村君も労働時間のデータを見ると、体力が上がっているとしか考えられない。
そこで、約1年前、自己治療でどの程度体力が上がるかチェックするため、卓球場を作り、卓球マシーンを購入し、卓球マシーンを購入した会社の全日本の選手に出場したことがある選手と月1回、効果測定のために試合をしてもらうことになった。
卓球マシーンを相手に2ヶ月間練習した後、11月に28歳の選手(僕の年齢の半分以下)と1回目の試合をした。試合前に30分ほど基礎練習をしたが、同じ変化球サーブを5回連続して空振りしてしまった。この時点では、全日本の選手とは知らなかったので、「さすがにインターハイに出るような選手はすごい」と感心した。
僕は卓球の公式の試合には出たことがなかったが、30歳の頃、一度インターハイに出た選手と試合をしたことがあった。そのときインターハイに出た選手は恐ろしく強いことを知り、その後卓球の試合をすることはなかった。しかし、それから30年たった今、インターハイに出たことがある現役の選手に勝てれば、体力が向上していることを証明できるのではと考えて、卓球場を作ったのである。
11月の試合は、1ゲーム5セット、1セット11本のルールで勝負をしたが、予想通り3セット連続して取られてしまった。一番出来が良かったセットでも4本しか取れなかったが、インターハイ出場の現役の選手に4本取れたのと、0で負けた試合がなかったので、「まあ、こんなものか」と満足した。
家に帰って、変化球サーブを卓球マシンで再現しようとしたが、7割方しか再現できなかった。翌日、試合をしていただいた梅沢さんに相談すると、「斜め方向から玉を出すようにしたら」というアドバイスを頂いた。これをバックハンドでスマッシュする練習を1ヶ月したが、12月も4本取ったセットが最高の出来だった。
ところが今年1月に9本取り、後2本で勝てるというところまでいった。梅沢さんが正月明けで体調を崩していたのが原因のようだった。
試合をした翌日、卓球マシーンを購入した会社の社長さんに、お礼を言いに行った。息子さんが全日本に出たことがあると聞いていたので、「梅沢さんも全日本に出場したことはあるのですか」と念のためお伺いすると、社長さんが「うちの息子でさえ10回は出場しています。」と言われて、ビックリしてしまった。後で分かったのだが、この社長さんが率いる丸善チームは、全員、全日本出場の経験者だったのである。
翌月から梅沢さんの態度に変化が出た。体調を完全に調整して来るだけでなく、試合をやる前から駆け引きがあるのだ。2月は最高で3本しか取れなかった。これが全日本の選手の本当の実力だと思い知らされた。
3月も4本しか取れなかった。試合が終わると、珍しく社長さんが来て、「渡辺さん、僕ともお願いしますよ。」と言う。「僕は卓球が弱くて」と聞いていたので、「同じ年代に見える社長相手なら楽勝」と思って試合を始めると、サービスは返せないし、どこに打っても、強烈なループドライブがかかったボールが返ってくるので、瞬く間に点数を取られ、お情けで1本取らせてもらったような試合になった。横でカウントを数えていた梅沢さんも予想外だったようで、「渡辺さんは意外な弱点があるんですね」と言っていた。梅沢さんの薦めもあって、さらに3セットやったが、4本取るのがやっとだった。
社長が言った「僕は卓球が弱くて」は「全日本で優勝したことがある息子さんと比べると弱い」と言う意味だったのである。考えてみれば、全員全日本出場経験がある丸善チームを作った方だから、強いのは当たり前である。
このとき、梅沢さんの卓球は社長の卓球をベースにして改良したもので、社長に勝てない限り、梅沢さんには絶対勝てないと思った。そこで、社長にお願いして、毎週1回土曜日に試合をしてもらうことになった。
卓球マシーンに社長のループドライブを設定し、1週間練習し、翌週11セットやってもらったが、4本取ったのが最高だった。それから毎週のように社長と試合をした。初めて1セット取れたのは忘れもしない5月16日のことだった。
社長は、僕が準備体操もしないし、10セットやっても15セットやっても、疲れを見せないで不思議がっていた。社長に、梅沢さんもキツイという「社長の球出し」の練習を、11セットの試合後にさせられたことがあるが、疲れを見せることはなかった。運動をすると、普通の人は、腰椎5番が徐々に硬くなり、連動して、体のあちこちに硬結が生じるので、疲れを感じる。ところが、僕は常時『ソロモン系パワーグッズ肺兪』を携帯しているので、運動すると、腰椎5番が緩み、長時間卓球をしても、疲れを感じないし、準備運動をしなくても、何の問題も生じないのである。
ところが7月には入り、気温が上がると、僕が汗をかき、疲れが出るようになった。9年前にサマーランドで熱中症になった後遺症のようで、暑い日に運動や作業をすると、異常に汗をかき、体が冷えると、肝機能低下で体が萎縮し、体力が若干低下する。(最近は、腎と肝のシュリー・ヤントラを30分ほど持つだけで元の状態に戻るので、卓球でひどい汗をかいても、体力の低下は起こっていない。)
8月1日の夜の試合は、気温が高く、冷房も入っていなかったので、「11セットは厳しい」と思った。しかし、このとき初めて「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」を携帯したので、「何か違いがあるのでは」と思っていた。
11セット目に「これで終わりですね」と社長に言うと、「まだ6セットしかやっていませんよ」と言われてしまった。さらに5セットやってから「これで終わりですね」と言うと、「まだ、8セットしかやっていませんよ。今夜は返しませんから。」と言う。社長は、暑さに弱いという僕の弱点に気がついていたようで、僕の体力の限界を知りたかったようだ。
結局、20セットやってしまったが、最初の3セットは汗をかいたものの、4セット目から汗も引き、20セット終わっても、全く疲れを感じなかった。社長は、20セット目に入ると、顔に疲れの色を見せ、「これで終わりにしましょう」と言った。
この経験から「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」は、運動中予想以上に腎機能を上げ、その結果経絡の連鎖で、肝機能を大幅に上げることが推測される。熱中症は、熱に弱い肝臓の機能低下で起こるので、「ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪」は、後遺症の治療に有効なだけでなく、熱中症の予防にも効果があると推測される。
梅沢さんからは、4月になってようやく8本取り、5月に9本取れたが、同じ失敗をしないように工夫してくるので、6月7本、7月8本と簡単には勝てそうもない。(09/08/06)
[卓球歴]
小学6年生の頃、近くの会館で、毎週子供会で行う「ソロバン塾」が開かれていた。父が八王子市の育成会を作った関係で、僕も毎週ソロバン塾に行かされた。会館の斜め前に物置があり、卓球台が2台並べてあった。物置が狭いので、卓球台の後ろは1mぐらいしかなかった。ソロバン塾に通う子供達は、塾の始まる前に、ピンポンをした。そのうち、1級下のツルシマと僕は、ソロバンの練習をしないで、卓球をするようになった。他の子供達は、僕たちにはかなわないので、ピンポンをしなくなってしまった。1年もすると、この物置は取り壊されてしまった。
しばらくすると、父はどこからか卓球台をもらってきて、近くの神社の神楽殿に置いた。そこでツルシマと僕は卓球を再開した。神楽殿は卓球場としては十分広く、秋川街道からピンポンをするのが見えたので、雨の日などには大人の人も加わって、3本勝負でピンポンの試合が行われた。ツルシマと僕は、毎日夢中になってピンポンの試合をした。夏休みに入ったある日、ツルシマが言った「しんせきんちに遊びに行ったら、ロングというのをやるんだよね。」ツルシマはロングをやって見せようとしたが、僕がまともに打ち返せなかったので、ロングがどういうものか分からなかった。
僕は八王子市内の書店まで自転車で出かけて行いって、図解入りの卓球の本を購入した。本に書いてあるとおりできたとは思えないが、説明にしたがって、ロングの素振りをし、翌日ツルシマとロングの練習をした。その日うまくいったかどうかは記憶にないが、1ヶ月もするとロングができるようになっていた。
僕が中学3年で、ツルシマが2年の時、卓球部を作った。その夏、八王子市の中学生の大会に参加したが、ツルシマ以外は全員1回戦で負けてしまった。これが僕の最初で最後の公式試合になった。
このとき、大会に参加した人がバックからサービスをするのに衝撃を受けた。この日以降、ツルシマと僕は、バックからのサービスと返球の練習に夢中になった。3球目攻撃の練習を始めたのも、この頃だった。僕とツルシマは、放課後学校で卓球の練習をやり、家に帰ると神楽殿で卓球の練習をした。そのうち、近所の人で僕たちに勝てる人はいなくなり、年上の人は誰も来なくなった。
僕が高校生になっても、ツルシマと僕は神楽殿で卓球を続けていた。その頃になると、近くに住む「イワオちゃん」という千葉大の卓球部の主将が2ヶ月に1回ぐらいの割合で来るようになった。試合はいつも互角だった。僕が10セット連続で先取したことさえあった。当時大学の卓球部は、実力により6部に分かれていたが、千葉大は下から3番目の4部校で、全日本に出られるレベルではなかった。
高校2年の頃、神楽殿は取り壊され、ツルシマと僕が続けてきた卓球の練習は終止符を打った。
この後、高校の卓球部の部員や大学の卓球部の部員と試合をしたことはあったが、負けたことはなかった。ところが30歳の頃、一度インターハイに出た5歳下の選手と試合をしたことがあった。そのときジュースアゲインまでもつれた末、1セット取ったが、その後相手はカンを取り戻し、2セット簡単に連取されてしまった。このとき、インターハイに出た選手は、イワオちゃんとはレベルが全く違うことを知り、僕の卓球に対する自信はもろくも崩れ去った。
この試合の後、彼とは「くり(栗林)さん」「なべさん」と呼ばれる仲になった。今年1月、梅沢さんに勝ったことを報告すると、くりさんは新しいユニフォームとラケットを購入してやってきた。1セット11ポイント、3セットマッチでゲームを行ったが、2セット簡単に連取して終わった。くりさんと対等に卓球をするのが目標だったので、拍子抜けしてしまった。
3月、丸善の社長に大敗したとき、介添えで来たくりさんとも3セットやった。かなり手応えはあったが1セットも落とさなかった。カウントを取ってくれた梅沢さんは「栗林さんとやると急にうまくなったように見えますよ。」と言った。くりさんは予想外の結果らしく、「オレ、ショックだよ」と言っていた。「僕より5歳若いとは言え、往年の名選手も年には勝てないということなのか」と思った。
※8月22日に梅沢さんと行った試合は、いつものように3セット連取され、8本取ったセットが最高の出来だった。(09/08/24)
・ソロモン系パワーグッズ腎の肺兪(直径7cm、厚さ6mm) − 180万円
◎必要と感じられる方は、治療の申し込みをしてください。手作りのため必要性が確認できた方のみの限定販売となります。