新型インフルエンザの感染予防法>第2章 変異するウイルスの脅威>6.スペイン風邪の謎

6.スペイン風邪の謎

初めに

1918年にパンデミックを起こしたスペイン風邪は、90年以上に渡って研究され、ウイルスの全ゲノムが解析されたにもかかわらず、多くの謎が未解明のままになっている。

最大の謎は、「1918 Influenza: the Mother of All Pandemics」 について」で説明したように、

1.スペイン風邪を引き起こしたウイルスは、どのような生物から飛来したのか

である。これ以外に、

2.なぜ感染力が強かったのか
3.なぜ毒性が強かったのか
4.なぜ青年層の死者が多かったのか
5.なぜスペイン風邪の流行が短期間に3波も起こったのか
6.なぜ第2波はほぼ世界で同時に起こったのか
7.なぜ1918年の流行後2〜3年で、インフルエンザによる死亡率が季節性インフルエンザと同じレベルまで落ちたのか

8.アジア風邪H2N2が1957年に現れたとき、スペイン風邪はなぜ消失したのか
9.スペイン風邪のような強毒性のインフルエンザが再来する可能性はあるのか

も昔から疑問に思われながら解明されずにいる謎である。ここでは僕の仮説を日本語で解説した後、仮説に基づいて、上記の謎を解き明かしてみようと思う。


仮説の解説

1.スペイン風邪は主に、(1)飛沫による喉への感染と(2)空中に浮遊する飛沫核による肺への感染で感染が広がった。

2.第1波においては、飛沫による喉への感染の方が感染力が強く、喉感染で感染が拡大し、ウイルスの変異で飛沫感染力が強まった。

3.世界人口が18〜20億人だった1918年に感染した人が6億人と推定されることから、自然免疫力が高い約3分の2の人は、新型インフルエンザに対する免疫がないにもかかわらず、感染していない。この仮説においても、「免疫がない人が感染する」という従来の考え方には従わず、

「感染等による免疫がない人も新型インフルエンザに対する自然免疫力を持ち、免疫力の強さは、最も感染しやすい人達が最下層を構成し、最も感染しにくい人達が最上層を構成するという階層構造(hierarchy)になっている」

と想定する。

4.抗生物質が細菌の変異を促し、耐性菌を生じさせるように、この仮説においても、

「免疫の階層構造は淘汰圧(selection pressure)となり、ウイルスに突然変異を継続的に引き起こさせる」

と想定する。

鳥類においては、A型インフルエンザウイルスに対して免疫による淘汰圧がほとんどかからない。1917年に捕獲された鳥から分離されたH1N1と現代の鳥から分離されたH1N1のゲノムに大きな違いがないことや、全ての種類のA型インフルエンザウイルスが鳥類に保存されていることは、鳥類においてはA型インフルエンザウイルスが免疫による淘汰圧を受けないことを示している。

鳥類にA型インフルエンザウイルスに対する免疫による淘汰圧がほとんどないのは、大腸菌とヒトの関係のように、A型インフルエンザウイルスが鳥の生存や繁殖に影響を与えないためだと考えられる。

5.この免疫の階層構造を持つ集団において、新型インフルエンザに感染する可能性がある最下層の人達が存在すると、最下層で感染が広がるとともに、突然変異でウイルスの感染力が強まり、その上の層に属する人達に感染するようになる。

6.感染が第1層から第2層、第3層と広がっていくとき、実際に感染するのは一部の人達だけで、第1層や第2層にも感染しない人が多数残るため、感染が上層部に広がるにしたがって、ウイルスに感染可能な人口密度は高くなっていく。

7.同時に、ウイルスの感染力も強くなっていくので、感染可能な人口密度があるレベルまで達すると、突然、感染爆発が起こり、感染可能な人口密度が急激に低下し、感染は収束する。

8.但し、この感染爆発でさらに飛沫感染力が強いウイルスが生まれるので、わずかながら感染は継続される。

9.第1波は、飛沫感染で広がるため、感染が広がるにつれて飛沫感染力は強くなるが、飛沫核による肺への感染力は強くならない。

10.感染爆発が起こると、肺感染力の強いウイルスも生まれるので、健康な青年が肺炎で重傷になったり、死亡したりするケースが現れる。

11.しかし、周囲の感染しやすい人の多くは、飛沫感染で既に感染しているため、肺感染は拡大しない。

12.ヒトに感染するA型インフルエンザは、ブタとネズミに感染することが知られているが、感染爆発時に、肺感染力の強いウイルスがネズミに感染する。

13.A型インフルエンザウイルスは飛沫核による肺感染でネズミからネズミへ感染する。

14.ネズミの免疫の階層構造により、ウイルスが継続的に突然変異を起こし、肺感染力が強くなっていく。

15.感染が広がり、ウイルスの肺感染力と感染可能なネズミの密度が上がり、感染率が一定のレベルに達すると感染爆発が起こる。

16.ネズミが空中に排出するウイルスの量では、ヒトはインフルエンザに感染しない。

17.たまたま、猫がインフルエンザに感染したネズミを食べ、たまたま、ヒトがその猫に接触すると、ネズミのウイルスがヒトに感染する。

18.このウイルスは、肺感染力が強くなっていて、空中に浮遊する飛沫核で肺に直接感染するため、肺炎を引き起こし、重傷になるケースが多くなる。

以上が仮説の解説であるが、読まれた方は

1.スペイン風邪を引き起こしたウイルスは、どのような生物から飛来したのか

答え: 第2波は、感染したネズミを食べた猫を介して、ネズミのインフルエンザウイルスがヒトに感染したと推定されるが、第1波については不明。

2.なぜ感染力が強かったのか

答え: 第1波の感染爆発時に生じた肺感染力の強いウイルスがネズミに感染し、ネズミの中で肺感染によりインフルエンザが広がったとき肺感染力がさらに強くなった。このウイルスにより第2波生がじたため、第2波は肺感染で広がり、感染力が異常に強かった。

100μmの飛沫は空中に10秒間、20μmの飛沫は4分間、10μmの飛沫は17分間しか浮遊しないため、飛沫による喉感染は一度に多数の人が感染するケースは少ない。ところが5μmの飛沫核は62分間空中に浮遊し、3μm以下の飛沫核は落下しないため、工場やビルなど人が集まるところでは、飛沫核による肺感染で一度に大量の感染者が出る。

スペイン風邪の起こった1918年の日本の人口は5500万人に達していたが、死者は39万人しか出ていない。全世界においては、2〜5%の死者が出ているため、同じ割合だと、110万〜275万人の死者が出なければならない。人口密度が高いにもかかわらず死者が少なかった理由の一つとして、当時の家の多くが紙と木ででできていたため、換気が極めて良かったことが考えられる。

現代においては、エアコンの普及で家屋が密閉された状態にあるとともに、大型ビルや地下街など大量に人が集まる密閉空間があるため、1億3000万人近い人口がひしめく現代日本で、飛沫核による肺感染で第2波が広がった場合、想像を絶する死者が出る可能性がある。

スペイン風邪は、早い場合、発症から8時間ほどで死に至り、車で病院に運ばれた患者は、病院に到着した時点で死亡していたケースの方が多かったというレポートが残されている。タミフルやリレンザがある現代でも、治療が間に合わないケースは少なからず出てくると思われる。

3.なぜ毒性が強かったのか

答え: 肺感染力の異常に強いウイルスの感染で第2波が広がり、劇症肺炎になるケースが多かったため。

4.なぜ青年層の死者が多かったのか

図のように縦軸に死亡率を、横軸に年齢を取ると、体力のない乳幼児や高齢者の死亡率が高くなるので、季節性のインフルエンザは波線のようなU字型になる。ところがスペイン風邪は、35歳を中心に青年層の死亡者が多かったため、W字型になる。「なぜW字型になるのか」というのが有名な謎になっている。

答え: 「仮説の解説 3」で説明したように、新型インフルエンザに感染したことがない人も新型インフルエンザに対する自然免疫力を持っている。また、喉には、季節性のインフルエンザの感染や細菌等の感染で、年齢が上がるに従ってより強い総合免疫力ができると考えられる。

そのため、総合免疫力が高い青年層は第1波に感染しなかった人が多く、第1波で免疫を獲得できなかったため、第2波で肺感染した人が多く出たことが、青年層の死亡者が多かった原因と考えられる。

35歳から死亡者が低下するのは、年齢が上がるとともに季節性のインフルエンザや細菌に感染する回数が多くなり、総合免疫力が上がるが、35歳を過ぎると体力の低下に伴い、総合免疫力が低下し、第1波に感染した人の数が年齢とともに多くなったのが原因である。

50台半ばから死亡率が再び上がるのは、第1波に感染して免疫ができても、体力が落ちると第2波に感染して死亡する人がいるためである。

(これは50台半ばを過ぎると、ワクチンを接種しても感染して死亡する人が出る可能性を示唆している。)

14歳が最も死亡率が低かったのは、第1波が中学生の集団感染により拡大したためと推定される。

5.なぜ第2波はほぼ世界で同時に起こったのか


答え: 第1波で感染爆発が起き、肺感染力の強いウイルスがネズミに感染し、ネズミの中での感染が拡大し感染爆発が起こったとき、感染したネズミを食べた猫からヒトに感染して、第2波が始まったのが「第2波がほぼ世界で同時に起こった」原因の一つである。

もう一つの原因は、アメリカで感染爆発が起きたとき、感染したネズミが第一次世界対戦中のアメリカ軍兵士とともに海外に運ばれたためである。

仮説の説明はヒトにおける免疫の階層構造についてであるが、同様の仮説が同じ哺乳類であるネズミにも適用できる。

ネズミにおいて感染が第1層から第2層、第3層と広がっていくとき、実際に感染するのは一部のネズミだけで、第1層や第2層にも感染しないネズミが残るため、感染が上層部に広がるにしたがって、ウイルスに感染可能なネズミの密度は高くなっていく。同時に、ウイルスの感染力も強くなっていくので、感染可能なネズミの密度があるレベルまで達すると、突然、感染爆発が起こり、感染可能なネズミの密度が急激に低下し、感染は収束する。

感染爆発が起こる前に、例えば、感染がA国で第10層まで広がったとき、A国で感染したネズミがF国に行き、F国で感染が広がった場合、F国の第1層から10層までが感染可能になるので、ネズミの密度や地理的条件等が同じならば、感染可能なネズミの密度はA国より高くなり、F国の感染率の方がA国の感染率より高くなる。これがA国とF国で感染爆発が起きる時期に大きな違いが起こらない理由である。

ネズミにおける感染爆発が起こったとき、肺感染力が強くなったウイルスが猫を介してヒトに移り、第2波が始まったことが、世界各地でほぼ同時に第2波が始まった原因である。

6.なぜスペイン風邪の流行が短期間に3波も起こったのか

答え: 東京のような人口密度が高い地域においては、第1波でグループ感染が見られた地域で約1ヶ月の間をおいて、二度目のグループ感染が生じたところがある。これは、免疫の階層構造による淘汰圧で、ウイルスが変異し、感染力が強くなったのが原因と推定される。第2波においても、同様の現象が起こると想定されるが、第2波の場合、死者が多数出るため第2波や第3波として認識された。

また、スペイン風邪のウイルスで明らかに遺伝子構造が違うものが発見されているため、以下のようなケースがあったと推定される。

第1波の感染爆発の際に、肺感染力の強いウイルスが生まれるので、健康な青年が肺炎で重傷になったり、死亡したりするケースが現れる。しかし、周囲の感染しやすい人の多くは、飛沫感染で既に感染しているため、肺感染は拡大しない。ところが肺感染によりネズミにウイルスが感染する。

突然変異で生まれる肺感染力の強いウイルスは、ウイルスごとに違うため、ネズミに感染したウイルスも一種類ではなく、ネズミにおける感染爆発で猫を介してヒトに感染したウイルスも1種類ではないのが、第2波が短期間に2回起こったもう一つの理由である。

7.なぜ1918年の流行後2〜3年で、インフルエンザによる死亡率が季節性インフルエンザと同じレベルまで落ちたのか


答え: 強毒性のインフルエンザは、人知による淘汰圧等で消滅した。

インフルエンザが感染を続けることができるか、消滅するかは、感染力の強さによる。しかし、肺感染による症状が強いものと喉感染による症状が軽いものが同時に流行していた場合、症状が重いタイプのものは、人が感染者を避けようとすることと、症状が軽いものに感染した人は感染した状態で日常生活を続けることなどにより、喉感染で免疫を獲得する人が増えるため、肺感染による症状が強いものは次第に淘汰されていく。

8.アジア風邪H2N2が1957年に現れたとき、スペイン風邪はなぜ消失したのか

答え: 感染力が強い新型インフルエンザと感染力が弱い旧型インフルエンザの2種類がヒトで流行している場合、感染力の強い新型インフルエンザが急激に広がり、インフルエンザにかかりやすい人は、新型インフルエンザの免疫を持つようになる。この免疫が旧型インフルエンザにかかりにくくするため、旧型インフルエンザに感染可能な人口が急減し、消滅する。

9.スペイン風邪のような強毒性のインフルエンザが再来する可能性はあるのか

答え: 新型インフルエンザA(H1N1)は、健康な青年で重症肺炎になる人が現れていることから、スペイン風邪と同様に飛沫による喉感染と飛沫核による肺感染を起こすと推定されるため、第2波は強毒性になる可能性がある。

スペイン風邪は、1918年3月に第1波が確認され、同年9月に第2波が確認されている。
新型インフルエンザA(H1N1)は、2009年4月末メキシコやアメリカで健康な青年の死亡者が確認されているため、第2波は11月に発生する可能性も否定できない。
(09/10/04)


NEXT MENU